葡萄畑の真ん中で

真冬に食べるおいしい野菜
それはネギだ。
その名はカルソッツ。

先週末、夫の仕事関係の人たちが家族づれで集まり
総勢30人ほどで
葡萄畑の真ん中にテーブルを並べ
カルソッツを食べる会がひらかれた。

なぜ葡萄畑かというと
葡萄の枝の剪定作業が終わった後の
その枝を使ってネギを焼くのが本当のカルソターダ(カルソッツ料理)のやり方だそうだ。
焼いたネギの外見は炭色になっていて
それを左手でネギの緑の葉の部分をしっかり持ち
右手はネギのちょうど真ん中くらい(ネギの葉の緑と実の白の境より少し下)を
親指、人差し指、中指でつまみ
少し力を入れてスーッと下に降ろしていくと
中から真っ白なホッカホカに湯気が出ているネギの姿が現れる。
それをオレンジ色のソース、サルサ・ロメスコをたっぷりつけて
顔は青空に向け、大きな口をあけ
パクリッと食べるのだ。
トロッとしたネギとソースが口の中でからみあい
それは想像以上に美味しい最高のご馳走となる。
冬は寒くて厳しいけれど
カルソッツが食べられると思ったら
冬も待ち遠しくなってしまうほど。

畑のまわりを散歩してみると
あちらこちらに桜の花に似た
アーモンドの花が咲いていて
あぁ、もうすぐ春がくるのだなぁと
体も心もあたたかな気持ちになった一日であった。

人間だもの、人間だから

誕生日に夫が買ってきた花。
こちらではMatrimonioマトリモニオという名前だ。
翻訳すると、〝夫婦〟という意味。
日本にいた時はみかけたことがなかったので
名前をネットで調べてみたら
日本ではプリムラ・ブルガリスというそうだ。
10月下旬から我が家にあるのだけれど
シクラメンのように根元に蕾が常に7、8個ほどあり、
入れ替わり立ち替わりずっと咲いてくれている。
とっても長持ちでかわいくて夫婦でとても気に入っている。

〝夫婦〟で思いだしたけれど
カタロニア語のクラスで使っている教科書の問題にこんなのがあった。

Aさんは36歳の男性。もうすぐ誕生日をむかえる。
彼は離婚をし、現在はBさんという恋人がいて
もう1年ほど一緒に暮らしている。
そして彼には前の奥さんとの間に9歳の息子がいて、
その息子は一週間おきにお父さんの家と
お母さんの家を行ったり来たりして過ごしている。
Aさんの趣味は旅行、スポーツ、そして音楽を聞くこと。
そんなAさんの誕生日に恋人や息子、友達は何をプレゼントしたらいいでしょう。

と、いうような問いかけで
彼の趣味を参考にどんなプレゼントを贈るかを考えて発言するというものだった。

そう、スペインの離婚率はかなり高く
教科書の問題にあった男性のような例は
ごく普通に存在する。

言いたいのは
Aさんのように離婚を経験し今は恋人がいて、、、という男性は
日本の教科書の例題には決して出てこないだろう。

人間だもの、いろんな人と出会い
いろんな経験がそれぞれにある。

いろんな人がいるということを理解して
気兼ねなく話せる社会っていいなぁと
そう思ったのである。

パブロとパウ

住んでいる町Cardedeuカルデデウは
80%くらいの人がカタロニア語を話している。
彼らからすると、私はどこから見ても外国人なので
スペイン語で話してくれるから
特に問題はない。

ただ、去年の9月からカタロニア語を習い始め
買い物できるくらいの会話なら話せるようになり
私がその言葉を使うと
すご〜い。あなたとっても発音がいい!
と褒めてくれるのだけれど、
でも、それは私が外国人だから。
それが、ちょっと照れくさくて
逆に話しにくくなってしまっている、、、。

どうしたものか。

さてさて、上の写真だけれど
通りの表札のPassatge Pau Picasso
パウ・ピカソ通り
そう、あの有名な画家パブロ・ピカソの
パブロはカタロニア語にするとパウと言う。
だから、この町ではあえてPau Picassoと書いているのだ。
でも、ピカソはアンダルシア地方出身なので正しくはパブロ。
Pau という名で有名な音楽家といえば
カタルーニャ地方出身のPau Casals パウ・カザルスだ。

もし、いつの日かPauという名前を耳にしたなら
おそらくその人はカタルーニャ出身と思っていいだろう。

下の写真はPassatge Pau Picassoの近くにある
モデルニスモの建物

 

アイスクリームみたいな家

骨董やモデルニスモ時代の建物が好きで
それを見たいがためにその場所へ出かける。
のんびりブラリ旅。
そんなに遠くではなく
カタルーニャ地方にはガウディをはじめ
とっても面白く、興味深いものが多いのだ。

夫が先週まで冬休みだったこともあり
一緒にTerrassaタラッサの街まで
Masía Freixaマシア・フレイシャを見ることが目的で出かけた。
それは、以前パンフレットで見た憧れの建物で
カタルーニャ広場から電車に乗って40分ほどのところにある。

青い空に、白いアイスクリームのような家が突然、公園にある。
とってもかわいくて
丸くてふわっとして、屋根の曲線がまるで太陽でとけてるような
そんな感じが胸にキュンときた。

建築家はLluís Muncunillリュイス・ムンクニル。
このキュートで、乙女心をわしづかみするデザイン。
しかも、シンプル。
真っ白に塗られた壁や丸み。
数あるモデルニスモ建築の中でも
私の中のリストではトップ3入り。

以前は家として活用していたのだけれど
現在は街の観光インフォメーションとしてオフィスになっている。
毎日お昼の12時からスペイン語のガイド付きで無料で参加できる建物ツアーがある。

一度は見て欲しいおすすめの建物。

Terrassaの街はこの他にもモデルニスモ建築が数多く残っていて
バルセロナの中心地から気軽に行けて
1日中観光できるのがいい。
私のお気に入りの場所になってしまったほど。

その他の写真はインスタグラムに。
詳しい場所などはこちらへ。

上の写真は屋根の一部

フレディとバルセロナ

話題の映画『Bohemian Rhapsody』を
高音質の映画館で観たくて
モデルニスモ建築で有名な
Sant Pau病院の近くの映画館まで足を運んだ。

15時15分から始まると勘違いして
15時に行ってみたらまだシャッターが閉まっていた。
再度ネットで時間を確認してみたら
15時45分からだったのだ。
まだ、時間があるね、、、っていうことで
夫と一緒にSant Pau病院の外を散歩したりした。
現在、ここは病院としては使われておらず
見学もできる。
さすがに見学するほどの時間はなかったので
グッズ売り場などをウロウロしているうちに時間が過ぎた。

さてさて、映画館へ15分前に行ってみると
通りに30人ほどの列ができていて
慌てて駆け寄り、焦ったが
何の問題もなく座席も良い場所に座ることができた。

この映画の1985年Live AIDのコンサートシーン。
心が震えた。
このコンサートにまるで自分が参加しているみたいな錯覚。
その当時の空気、風を感じたような気がした。
ステージに立つアーティストが見る景色はこんなにすごいんだ。
あんなに大勢の人が彼らの音楽を聴き、共に歌い、リズムで心通わせる。
人の力ってすごい。
ほんと、人ってすごいなぁ。
そう、思った。
Freddie Mercuryとバルセロナといえば
1992年バルセロナオリンピックの開会式で
ほんとうならば、オペラ歌手のMontserrat Caballéと一緒に
歌うことになっていたけれど、
残念なことにその前年に彼は亡くなってしまったのだ。
でも、彼が歌った「バルセローナー♩〜」の曲は残っている。
去年は一緒に歌ったMontserrat Caballéが亡くなってしまった。

二人とも鳥になって旅立っていってしまったけれど
今ごろ一緒に歌っているかも〜。

上の写真はSant Pau 病院
建築家はLluís Domènech i Montaner